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東京高等裁判所 昭和34年(ナ)12号 判決

原告 大貫昇 外一名

被告 埼玉県選挙管理委員会

補助参加人 秦明友

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「昭和三十四年四月三十日施行の大宮市長選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  昭和三十四年四月三十日大宮市長選挙が行なわれたが、原告らは右選挙に際し選挙人名簿に登録された選挙人である。

(二)  しかしながら、右大宮市長選挙は次の理由により無効である。

即ち

(A)  まず事実の関係をみるに

(1)  昭和三十四年四月二十八日大宮市大宮小学校講堂において行なわれた同市長選挙候補者立会演説会は、予定通り同日午後八時に開始され、立候補者清水虎尾は持ち時間三十八分間を野次拍手のうちに終つた。

次いで、同八時四十分、対立候補者秦明友(補助参加人)が演説を開始し、約十分を経過した頃、聴衆中の二人が私語口論をなし、単純暴行が行われた。立会の大宮市選挙管理委員から「お静かに」との制止があつた後、休憩が宣せられ、この間前記二名のうち一名は退場し、長掘選挙管理委員より陳謝があり、この間五分間演説は中断したが、再び演説は続けられ無事終了した。

(2)  ところが、右演説会終了後、日本社会党大宮支部長押田赳夫ほか二名が大宮市選挙管理委員会委員長(以下単に委員長という)に面接し、唯今の混乱は意識的な選挙妨害ではなかつたかと詰り、押問答の末、委員長は遂にその圧力に屈してその妨害を認め、かつ読売、朝日、毎日、産経、埼玉の各新聞紙上に謝罪広告の掲載を強要されてこれを承諾するに至つたが、読売新聞を除く他紙が右掲載を拒否したため、更に「お詑び」と題するビラを新聞に折り込み頒布することを強要され、これまた承諾したが、この折衝は翌二十九日午前二時に及んでいる。

(3)  かくて、右委員長の承諾により、市長選挙投票日の同月三十日朝、読売新聞朝刊には「お詑び」と題し、「四月二十八日大宮小学校講堂の市長選挙立会演説会場に於て、清水候補の演説終了後、秦候補の演説中、ヤジ、ドゴウにより演説が妨害されたため、委員会は極力制止最少限に措置いたしました。しかし六分間演説中断となり当該候補者及び選挙民に対し御迷惑をおかけしたことに対し陳謝致します。」という大宮市選挙管理委員会名義の謝罪広告が掲載され、かつ大宮市約三万五千世帯全部に新聞折り込みとして右同文の同委員会名義のビラ一万四千枚が配付された。

なお、四月二十九日夜には、社会党側とおぼしき者によつて、同意文を模造紙大型一枚に大書したもの多数が全市内に亘り掲示され、或は同趣旨のガリ版印刷のビラがトラツク上より撤布され、或は駅頭にて通行人に配付される等公職選挙法違反の行為が続出して混乱と無秩序とを招来せしめた。大宮市選挙管理委員会はかかる事態に対処し、迅速に適切な対策を講ずべき義務があるにかかわらずなんらの措置をとらなかつた。

(4)  そこで、同月三十日午前十時頃、清水候補者の選挙責任者である原告大貫昇は、大宮市選挙管理委員会を訪れ、「演説会場内の事柄は聴衆に陳謝すれば足りる筈である。妨害事件ならばその場において処理すべきではなかつたか。何故に約十六万五千市民に対して市委員会自ら斯様な公聴選挙法違反の行為を敢てしたか。」と追及したところ、委員長はただ「うまくなかつた。」と陳謝するのみで要領を得なかつた。

(B)  次に、前記の事実に基き、本件選挙の実質的無効である理由を要約すれば次のとおりである。

(1)  前記演説会の状態を以てすれば、秦候補の演説中の私語口論、単純暴行は、大宮市選挙管理委員会による制止、休憩宣告等の適切な措置によつて円満に解決し、その後は予定どおり演説が行われて演説会は無事終了したものである。この程度のことは何処の立会演説会にも屡々見られるところであつて、しかも看過される程度の事故である。このことは異議申立に対する大宮市選挙管理委員会の決定理由においてもこれを認め、右事故はせいぜい演説会の遂行に支障を来たしたに止まり、選挙妨害と認められる程度のものでなかつたとしている。そこで右認定のように選挙妨害とも認められない程度の事故を大宮市選挙管理委員会がわざわざ新聞紙上に謝罪広告をする必要が果して何処にあるであろうか。にもかかわらずこのような措置がとられたのは、同委員会が社会党側の強要に屈し、やむなく承諾実行したものであるから、本件選挙は圧力により蹂躙され、支配されたものとして、明らかに自由公正に行なわるべき選挙の基本理念に反し無効である。

(2)  仮に然らずして、右が演説妨害になるとしても、本件の如き程度の事故は他の立会演説会場においても往々にしてみられるところである。そして、既に大宮市選挙管理委員会が演説会場において前記のように聴衆に対して注意、釈明のほか陳謝までしているのであるから、その措置は適切であり、十分である。然るに更に後日会場外で前記のような「お詑び」広告を出すようなことは、ただに無要不当であるのみならず、明らかに法の規定に反し、選挙の自由公正を害するものとして違法である。

(3)  しかも、右「お詑び」広告および新聞折込ビラの配布が投票日当日朝において行なうことを同委員会が承諾したことによつて、その違法は、もはや疑を挾む余地がないほど明白である。投票日は、候補者の選挙運動さえも法によつて禁止され、前日までは当選予想までを掲載していた日刊新聞も、投票日の朝刊では、もはや投票督励以外の選挙関係記事を掲載しないのは投票当日は有権者に予断、偏見を抱かせることなく、冷静に投票させようとする選挙の自由公正の本旨に基くのである。然るにこの自由公正に行なわるべき選挙の元締であり、垂範であるべき選挙管理委員会が、投票当日、有権者に予断偏見を抱かせる虞のある記事を自ら新聞に掲載し、又折り込みビラの配布をなすということは稀有の事例であつて、これを今後の選挙に考えるも寒心に堪えず、その違法に明白である。

(4)  さらに、その「お詑び」広告および折り込みビラの内容を検討するに、その文詞は、前記のとおりであるが、

(イ) 立候補者が二名だけである本件選挙の場合において、「秦候補の演説中ヤジ、ドゴウにより演説が妨害された」とあるから、これは清水派がやつたものだということを多くの選挙民が察知する。

(ロ) 「六分間演説中断となり、当該候補者に対し御迷惑をおかけした」とあるから一般選挙人をして秦候補に同情を寄せ、或は有利な判断結論を生ぜしめる。

(ハ) さらに「選挙民に対して御迷惑をおかけした」とある。これがため右演説会の現場に居つた聴衆はもとより選挙民全体に対しても大宮市選挙管理委員会が当該候補者と同列に諒解、陳謝の対象としたから、選挙人は益々以て秦候補者に同情し、清水候補者に不利な感情判断を抱くに至る。

(ニ) 「お詑び」の結びに「陳謝致します。」とあり、これはいわゆる謝罪文とされるものであるが、かようなものを公の機関たる大宮市選挙管理委員会の名で公表したので、それは選挙民に対し、清水候補者には不利で、秦候補者に有利な印象を一層強く与えた。要するに、前記「お詑び」という文書の内容は、演説会場におけるヤジ、ドゴウがあたかも清水虎尾側の計画的妨害であると思料、印象させるような文詞を以てなされており、この内容の文書を投票当日の朝有権者が読むにおいては予断偏見を抱く虞が多分にあるというべきで、文書の内容からみて、選挙の自由公正を害することは甚しく、その違法は明白である。

(5)  また、前記のような大宮市選挙管理委員会の謝罪広告ビラの新聞折り込み、ならびに同月二十九日夜同趣旨の文言を記載したポスターの掲示、ガリ版刷りチラシの撤布、配布等の行為は、自由公正の選挙管理をなすべき選挙管理委員会の措置ならびに対策として不当違法である。即ち選挙管理委員会が、ビラ、広告等を以てその所見を公表することは、選挙の目的達成上、法規の成文解釈精神解釈よりして是認されることを要すると共に、選挙の自由公正を保つという限界があるべきである。故に若し選挙に不虞の事故又は非違の発生した場合は刑法、公職選挙法等による刑事手続もしくは自治庁等の系統的、統一的方針に基いて処置すべく、また選挙後においては選挙訴訟、連座規定等により処理せらるべきものであるにかかわらず、大宮市選挙管理委員会が投票当日、もしくはその前夜において、わざわざ前記のような「お詑び」という謝罪文を掲載したビラを配布し、あるいはその旨新聞紙上に広告を掲載したのは明らかに不当であり、違法である。

しかも本件の場合においては、大宮市選挙管理委員会は、委員長を含め四名の委員を以て構成されているにかかわらず、そのうち三名の委員だけで前記の措置を決定したが、かかる措置は委員会運営の手続上からいうも誤りである。

(6)  大宮市選挙管理委員会のした前記謝罪広告および新聞折り込みビラの配布は、公職選挙法第百四十二条、第百四十三条、第百四十六条、第百四十七条に違反するものであつて、しかもその文章の内容が選挙人の自由公正なる判断を誤らしめるものであることも明らかである。

(7)  以上のとおり、本件選挙は選挙の規定に違反して施行されたものであるが、この違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があることも明白である。即ち開票の結果秦明友候補三九、七二六票、清水虎尾候補三七、四八一票となり、その差僅かに二、二四五票をもつて社会党候補者秦明友が大宮市長に当選したが、もし秦候補者に投票した有効投票中一、一二三人が清水候補者に投票すれば本件選挙は逆に清水候補者が当選することが明らかである。ところが朝日、毎日両新聞に折り込まれて配付されたビラは合計一万四千枚であり、これに読売新聞の購読者を加えれば投票当日大宮市における全選挙人が本件「お詑び」の広告又はビラを読み、もしくは読む可能性があつたものというべきである。そしてその広告又はビラを読んだため、清水候補者の代りに秦候補者に投票しようと決意するに至つた者が、少くとも一、一二三人以上ある可能性の存すること、或は本件広告等によりはじめて秦候補者に投票しようと決意するに至つた者が少くとも二、二四五人以上いる虞があると推定されるのである。従つて、もし、大宮市選挙管理委員会が前記のような不当、違法な行為をしなければ選挙の結果は逆転したものであつてこれはまさに同委員会の不当、違法な行為が明らかに選挙の結果に影響したものというべく、本件選挙は当然無効たるを免れない。

(三)  そこで、原告らは以上の事実に基き、本件選挙につき昭和三十四年五月十二日大宮市選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同委員会は同年六月八日異議申立棄却の決定をしたので、原告らはさらに同年六月二十四日右決定に対して埼玉県選挙管理委員会に訴願をしたところ、同委員会は同年九月十六日訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は同月十七日原告らにおいて送達を受けたが、原告らは右委員会の裁決に不服であるから、本件選挙は無効とする旨の判決を求めるため本訴請求に及んだ。と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、次のように答弁した。

原告主張事実中

(一)  および(三)は認める。

(二)の(A)について、

同(1)の事実中、昭和三十四年四月二十八日大宮市大宮小学校講堂において行なわれた大宮市長候補者立会演説会が午後八時に開始され、候補者清水虎尾が午後八時から同八時三十八分まで演説を行なつたこと、同八時四十分から候補者秦明友が演説を開始したが秦候補者の演説中聴衆中の二人の間に紛争を生じ、このため演説を一時中止したことは認めるがその余は否認する。清水候補者の演説中にも多少のヤジはあつたけれども、秦候補者の演説が開始された頃からヤジ等が多くなり、このため司会者である長掘選挙管理委員は静粛にするよう注意した。ところが秦候補者が演説を開始してから五、六分過ぎた頃聴衆中二人の間に紛争を生じ聴衆が総立ちになつたため、司会者は立会演説会を続けることができなくなつたものと認め休憩を宣し、当該聴衆二名を会場外に退去させる等の措置をとり、静粛になるのを待つて演説会を再開し、午後九時二十四分立会演説会を終了したものであつて、秦候補者の演説を一時中止した時間は六分間であり、この時間は同候補者の演説時間に算入していない。

同(2)の事実中、右立会演説会終了後日本社会党大宮支部長押田赳夫ほか二名が大宮市選挙管理委員会委員長(以下単に委員長という)に面接し、立会演説会における混乱は計画的妨害であると申し入れたこと、および大宮市選挙管理委員会が読売、朝日、毎日の各新聞に「お詑び」と題する広告をすることを承諾したことは認めるが、その余は否認する。押田赳夫ほか二名が、委員長に対し前記の申し入れをしたのは四月二十八日午後十一時過ぎであり、委員長は他の二名の委員と協議した結果、演説会が混乱したことは大宮市選挙管理委員会の責任であるから、朝日、毎日、読売の各新聞紙に「お詑び」と題する広告を掲載する旨を約し、笠井委員会書記が起案したものを委員長が二人の委員とともに協議の上決定し、その一通を押田赳夫に交付したが、翌二十九日前記三新聞社と交渉の結果、朝日、毎日の両紙は掲載すべき紙面がないとの理由で断られたので、ビラとして折り込むことにしたものである。大宮市選挙管理委員会が、前記「お詑び」と題する新聞広告及びビラの折り込みをすることとしたのは、立会演説会混乱の責任は同委員会にあるものと強く考えた為、大宮市民に陳謝する必要があるとの判断から自主的に決定したものであつて、押田赳夫らの強要によりやむなく行なつたものではない。同(3)の事実中、大宮市長選挙の投票日である四月三十日朝読売新聞に「お詑び」と題する広告が掲載されたこと、ならびに「お詑び」と題するビラが一万四千枚印刷され、朝日新聞及び毎日新聞の販売店に折り込みのため渡されたことは認めるが、その余は否認する。

同(4)の事実中、四月三十日原告大貫昇が大宮市選挙管理委員会を訪れたことは認めるがその余は否認する。

(二)の(B)について、

(1)  前記「お詑び」と題する新聞広告およびビラの折り込みは、前記のとおり大宮市選挙管理委員会の自主的な決定に基くものであつて、社会党側の強要により行なわれたものではないから、原告らが主張するように本件選挙が暴力により蹂躙され、支配されたものとは認められない。

(2)  大宮市選挙管理委員会が原告ら主張にかかる新聞広告もしくはビラの折り込みをしたことは、それ自体なんら選挙法規に違反するものではない。それが違法であるか否かはその広告文等の内容等を検討し、その実体により選挙の公正を害したかどうかを判断すべきものである。

しかしてその実体は後記(3)、(4)のように毫も選挙の公正を害するものではない。

(3)  「お詑び」と題する広告の掲載およびビラの折り込み配布が投票日である四月三十日朝になつたのは、手続上の理由からそうなつたものであつて、故意に投票当日を選んで実施したものではない。即ち大宮小学校講堂における立会演説会の終了したのは、四月二十八日午後九時二十四分で、日本社会党大宮支部長押田赳夫らが大宮市選挙管理委員会を訪ねた日時は、同日午後十一時頃であつた。折衝の末同委員会が新聞に広告を掲載することを決定したのは翌二十九日午前二時頃であり、朝日および毎日両新聞に広告のスベースがなない旨断られたのでビラを折り込むことに決定したのは同日午後五時頃、新聞販売店にビラを持参したのは同日午後九時頃であつたから、広告の掲載もしくはビラの折り込みは投票当日である四月三十日にならざるをえなかつたものである。

(4)  「お詑び」と題する広告および折り込みビラに記載された文言が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その文言自体から明白であるように、それには「清水候補」および「秦候補」と両候補者の氏は記載されているけれども、原告らが主張するように、演説会の混乱は自由民主党清水虎尾側の計画的妨害であると思料、印象させるような字句は使用されておらず、また文章全体からみて、それは演説が妨害された際委員会は極力制止最少限に措置したことおよび演説会中断の陳謝のみであつて、右演説中断が自由民主党清水虎尾側の計画的妨害であると信じさせるような文章とは認められず、かつ有権者に対し予断偏見を抱かしめる虞があるものとはいえないのである。従つてかかる内容の広告およびビラが掲載または配布されたからといつて選挙の自由公正が害されたものとは認められない。

(5)  四月二十九日夜原告らが主張するようなポスター掲示、ガリ版チラシの撤布、配布等が行なわれたとしてもそれは大宮市選挙管理委員会の関知しないことである。もし仮にそのような行為をした者があるとしても、それはかかる行為を行なつた者が選挙運動の規定違反として取締りを受けるかどうかという問題であつて、公職選挙法第二百五条にいう選挙の規定に違反する場合には該当しないものである。

(6)  公職選挙法第百四十六条は、同法第百四十二条または第百四十三条の禁止を免れる行為として、候補者の氏名、政党その他の政治団体の名称等を表示する文書図面を頒布し、または掲示することを禁止する規定であるから、選挙運動に関係のない本件広告の掲載およびビラの折り込みが本条の禁止規定に該当しないことは明白である。またその文書の内容は、いずれの候補者にも有利、不利のないように配慮して記載されているから、同法第百四十六条第二項に違反するものではない。なお同法第百四十七条は選挙運動ためのポスター撤去についての規定であつて、選挙運動に関係のない本件ビラ、広告が配付されたからといつて選挙人の意思決定にあたつて少しも影響を与えるものではないから同条に違反しないことも明白である。

(7)  本件選挙の結果、秦、清水両候補者の得票数が、それぞれ原告ら主張のとおりであることは認めるが、大宮市における選挙人全部が本件ビラもしくは広告を読み又は読む可能性があつたということ、ならびにそれを前提とする原告ら主張事実は総べて否認する。最近において、新聞紙上の広告もしくは折り込みビラは毎日非常に多く、一般の人々は広告に対して麻痺状態にあるから、全部の者が広告を読むという可能性はありえないものである。従つて本件広告やビラについても全部の選挙人がこれを読む可能性があつたとは到底考えられないことである。また、かりに全選挙人がこれを読んだとしても、その広告文の内容は上叙のとおり特定の候補者を有利もしくは不利にするものではないから、本件のビラもしくは広告が本件選挙の結果に異動を生ぜしめたようなことはない。

要するに、本件選挙にはなんら違法な点はないから原告らの本訴請求は理由がない。と述べた。

(立証省略)

理由

一、原告らが昭和三十四年四月三十日施行された埼玉県大宮市長選挙において選挙人であつたこと、右選挙において、日本社会党所属の秦明友、自由民主党所属の清水虎尾の両名が立候補し、開票の結果秦明友の得票数は三九、七二六票、清水虎尾の得票数は三七、四八一票で、秦明友が大宮市長に当選したことは当事者間に争いがない。

二、よつて右選挙の管理執行の任に当つた大宮市選挙管理委員会に、原告ら主張のような選挙の規定に違反する所為があつたか否かについて審究するに、

(一)  昭和三十四年四月二十八日午後八時から大宮市大宮小学校講堂において、候補者の立会演説会が開催され、清水虎尾の演説終了後同八時四十分から秦明友の演説が開始されたが、その演説中聴衆中二名の間に紛争が生じ場内が騒然となつたため、司会者である大宮市選挙管理委員、長堀俊は休憩を宣し、演説一時中断されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第五号証の一、二に証人長堀俊、同吉田長之、同井上好道の各証言を総合すると、右休憩時間中に、前記長堀委員から聴衆に対して静粛にするよう要望した上、六分の後再び秦明友の演説を開始続行し、午後九時二十四分右演説会を終了したことが認められる。そして同日午後十一時頃、大宮市役所内にある大宮市選挙管理委員会事務室において、日本社会党大宮支部長押田赳夫ほか二名が、大宮市選挙管理委員会委員長吉田長之に対し、前記演説会場における混乱は計画的妨害行為であるから同委員会において適当な措置をとるよう要求し、折衝の末、大宮市選挙管理委員会が原告ら主張にかかる文言の「お詑び」と題する広告を読売、朝日、毎日の各新聞紙上に掲載することを承認して翌二十九日午前二時頃その会議を終つたこと、四月三十日読売新聞朝刊紙上に右「お詑び」と題する広告が掲載されたが、朝日、毎日、の両新聞は四月二十九日右広告を掲載することを拒否したため大宮市選挙管理委会は社会党大宮支部と話合の上四月二十九日夜同文のビラ一万四千枚を朝日、毎日両新聞に折り込みのためその販売店に交付し、このビラが朝日、又は毎日両新聞に折り込まれ、四月三十日朝配達されたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、大宮市選挙管理委員会が前記「お詑び」という広告およびビラ(以下「広告等」と略称する)の掲載もしくは配付を決定実施するに至つたのは、日本社会党大宮支部長押田赳夫らの強要圧力に屈したためであるから、本件選挙は自由公正に行なわるべき選挙の基本理念に反し無効であると主張する。そこで考えてみるのに、成立に争いない甲第五号証の一、二に証人吉田長之、同長堀俊、同井上好道、同笠井長之助、同富田一子、同押田赳夫の各証言を総合すると、昭和三十四年四月二十八日午後十一時頃大宮市選挙管理委員会事務室において、同委員会委員長吉田長之が日本社会党大宮支部長押田赳夫ほか二名と面談した際には、選挙管理委員の長堀俊、富田一子両名のほか、同委員会書記長井上好道、同書記笠井長之助も同席したが、その際押田らは、前記演説会における混乱は自由民主党側の計画的妨害行為であると主張し、大宮市選挙管理委員会に対し善処方を要望したが、同委員会側においては、右混乱は偶発的なものであつて、計画的妨害行為とは認められないとの意見を堅持して譲らず、押問答を繰り返えしていたが結局委員長以下委員三名が別室に退いて協議した結果、大宮市選挙管理委員会としては今回の事態は計画的なものとは考えられない。偶発的ものと思料するが、結果的には演説が中断される状況となり、その責任は委員会が負うことになる旨を回答したところ、押田らは同委員会の責任を追及し、折衝の末同人らの要求に基き、大宮市選挙管理委員会名義で朝日、毎日、読売の三新聞紙上に謝罪文を発表することに話がまとまり、笠井書記が文案を起草して吉田委員長ならびに長堀、富田の両委員および押田らの承認を得た上、原告ら主張のような「お詑び」と題する広告文を掲載することに決定したことが認められる。

ところで、立会演説会場で前記の程度の混乱事故が発生した場合に、その運営の責任者である選挙管理委員会が、全選挙民に対して陳謝の意を表する措置に出る必要性のないことは被告も敢てこれを争わないところであり、本件広告等は余計なことをした結果になるが、その文面は後記のように不法ではなく又必ずしも不当のものとは認め難い。また前記の交渉は深夜に行なわれ、しかも約三時間にわたつていることから考えると、押田らの同委員会に対する要求は、相当強硬かつ執拗に行なわれたものと推測されないではないが、前掲各証拠によると、大宮市選挙管理委員会としては、演説会場の混乱は計画的妨害ではないという主張を譲らなかつたため、押田らと意見が対立して時間を要したものであつたが、話し合いの裡に、当夜の演説会の運営管理の方法について人員配置等について委員会側に至らなかつた点のあつたことを認めるに至り、結局これにより迷惑を蒙つた秦候補者と選挙民に対して委員会が陳謝することに話がまとまり、その方法として原告ら主張のような謝罪広告と謝罪広告に代るビラの折り込みをしたものであつて、それは押田らの要望に応えてなされたものではあるが、決して委員会が同人らの強圧に屈したがためになされたものではなく、同委員会の自主的な判断によつて決定されたものであることが認められるから、大宮市選挙管理委員会が前記広告等の措置をとることを承認実行したことを以て、本件選挙が圧力により蹂躙され支配されたものということはできない。証人水村伍郎平の証言、原告大貫昇、同大成正雄両名の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は当裁判所の採用しないところであつて、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

なお、原告らは、「大宮市選挙管理委員会は四名の委員で構成されているのに、吉田委員長と、長堀、富田の両委員だけで前記のような措置を決定した。これは同委員会運営の手続に違反する。」と主張するが、証人吉田長之の証言によれば同委員会は委員長を含め四人の委員のうち宮沢委員は当日夫の実家に不幸があり、長野県下へ旅行する旨の届出があり、右会議に参加することができなかつたものであることが認められるから、同人がその決議に加わらなかつたからといつて、同委員会の運営手続に違反があるということはできない。

(三)  原告らは、「本件広告等の文書の内容が不当であり、かつその掲載配付が投票当日の朝行なわれたことは選挙法規に違反し、選挙の自由公正を期しえないものである。」と主張する。そこでまず本件広告等の内容を検討してみると、その文面は、「お詑び」と題し、「四月二十八日大宮小学校講堂の市長選挙立会演説会場に於て、清水候補の演説終了後、秦候補の演説中、ヤジ、ドゴウにより演説が妨害されたため、委員会は、極力制止最少限に措置いたしました。しかし六分間演説中断となり当該候補者及び選挙民に対し御迷惑をおかけしたことに対し陳謝致します。昭和三十四年四月二十九日、(但しビラには年の記載はない)大宮市選挙管理委員会」というのであることは当事者間に争いないところであるが、これを平明に読み下せば、その文章は、単に演説会場における演説中断についての謝罪であつて、原告ら主張のように、とくに秦候補に有利で、清水候補に不利な趣旨を含むものであるとは解し難いのは勿論、これがため選挙人に対し予断偏見を抱かせる虞があるものとも認められないから、かような広告等が掲載又は配付されたからといつて選挙の自由公正が害されたものとは認め難い。つぎに、本件広告等が投票当日の朝掲載もしくは配付されたことは当事者間に争いがないところであるが、前記(二)に掲げた各証拠に、成立に争いない甲第一、第二号証に、証人太田全啓、同清水松太郎の各証言を総合すると前認定のような経緯により、大宮市選挙管理委員会が謝罪広告文の文案を決定したのは四月二十九日午前二時頃であつたので、同委員会では同日朝、早速朝日、毎日、読売の三新聞社に対し、右広告の掲載方を交渉したところ、読売新聞社はこれを引き受けたが、朝日、毎日両新聞社からは紙面に余裕がないとの理由で拒絶された。そこで急遽吉田委員長や長堀、富田両委員の意見を徴し、かつ押田赳夫らの同意を得て、同日午後五時頃ようやく右広告と同文のビラを朝日、毎日両新聞に折り込み配付することに決定し、取り急ぎ大宮市内の大平印刷株式会社に注文して一万四千枚のビラを印刷させ、そのうち八千枚を朝日新聞販売店に、六千枚を毎日新聞販売店に届けさせたが、その時は既に午後十時頃であつたので、翌四月三十日の朝刊に右ビラが折り込み配付され、また前記広告が掲載されたものであることが認められる。換言すれば、右は印刷等の時間の関係上そうなつたものであつて、大宮市選挙管理委員会が故意に投票当日の朝を選んで本件広告等をしたものでないことが明らかであるのみならず、その内容は秦候補に有利で清水候補に不利な趣旨を含むものとは解し難く、選挙人に対し予断偏見を抱かせる虞あるものとも認め難いことは前説明の通りであるから、仮令大宮市選挙管理委員会が投票当日の朝上叙のような文面の広告等を掲載又は配付しても選挙法規に違反するものではなく、これにより本件選挙の自由公正が害されたということはできないからこの点に関する原告らの主張も理由がない。

(四)  さらに原告らは、「お詑び」と題する広告の掲載およびビラの折り込み配付は、公職選挙法第百四十六条に違反するものであり、大宮市選挙管理委員会自ら選挙の規定に違反し、以て選挙の自由公正を害したものである。」と主張するが、右法律は、同法第百四十二条、または第百四十三条の禁止を免れる行為として候補者の氏名、政党その他の政治団体の名称等を表示する文書、図画を頒布し又は掲示することを禁止する規定であるところ、本件広告はその文書の内容自体からみて、前記各法条所定の文書に該当しないことが明白であるから、この点に関する原告らの主張もまた採用の限りでない。

(五)  なお、原告らは、「四月二十九日夜、本件謝罪広告と同趣旨の文面を記載したポスターおよびガリ版刷りチラシを掲示または配布する者があつたが、かかる違反行為を惹起したことは大宮市選挙管理委員会の措置ならびに対策として違法である。」と主張する。原告大貫昇、同大成正雄、各本人尋問の結果によれば、本件広告等の発表に先き立ち、四月二十九日夜それと同文のポスターが市内に掲示され、またチラシが配布された事実のあつたことが認められるが、大宮市選挙管理委員会において右のような掲示または配付をなし、もしくはなすことを黙認したという事実はこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、証人吉田長之の証言によると、同委員会においては、掲示されたポスターを発見次第撤去したことが認められるから、実際にかかるポスターを掲示し、もしくはチラシの配布をした者の責任はともかく、大宮市選挙管理委員会としては本件選挙の運営管理の上において、その措置対策に公正を欠く違法なものがあつたとはいえないのである。

(六)  原告らは、本件広告等の掲載又は配付により選挙の結果に異動があつたと主張するが、右広告等の掲載又は配付により選挙の結果に異動を及ぼすものと認め難いことは上叙の説明から明らかであり、原告らの全立証を以てしても右判断を左右するに足りない。

三、以上の次第であるから原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

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